蓋を外す

2月24日に、幸福学の日本での第一人者と呼ばれる慶応大学の前野隆司先生ご夫妻のお話をお聞きした。乳幼児教育に携わる一人の大人としては、自身が提供する教育の場が幸せに向かっていなければ、そもそも「習い事」として存在する価値がなくなってしまう。前野先生ご夫妻のお話は、教育の根本的なあり方を考えさせられるような、ものすごく興味深く、感じさせていただくことの多い、素晴らしいお話だった。

 

『無意識の力を伸ばす8つの講義』という前野先生の著書によると、現代人は、「学習性無力感」(どうせやっても無駄)、「学習性無能感」(自分の能力なんてこんなもの)、「学習性問題解決能力欠乏感」(どうせ自分にはこの困難を解決できない)、「学習性夢欠乏症」(かなわない夢なんて持っても無駄)、「学習性幸せ拒絶反応」(どうせ私はそんなに幸せにはなれない)に陥っているだけであって、本当は、自分の課題や世の中の課題をどんどん解決できる、素晴らしい自分になれるポテンシャルを持っているのだとしたらどうでしょう?とある。

 

この本は基本的に大人向けに書かれているけれど、たった3つや5つの子でも、この著書で挙げられている無力感、無能感、問題解決能力欠乏感をすでに持っている子ども達は非常に多い。「三つ子の魂」というのは良くいったもので、子ども達は環境の中から無意識的にいろいろなものを吸収していて、多くの場合、初めて出会ったその時点で、目の前の子の可能性や様々な素晴らしい資質に対して蓋がされていることの方が多いように思う。

 

では、そういう蓋のされた状態の子どもに対してどうするかというのが面白いところで、モンテッソーリ教育の環境だと、その蓋をこじ開けないというか、自ずと内側から拓くように間接的に教師が働きかけるところが妙だと思っている:)。

先日もこんな子どもがいた。この子はお家ではお絵かきが大好きで、いくらでも絵を描き続けているような子だ。モンテッソーリ教育の環境には、様々な選択肢があり、その子の心に一番響くものを選び、好きなだけ繰り返せるようになっているけれど、この子はこの環境に何度通ってきても、アートやお水を扱うようなお仕事には絶対に手を出さない。

 

子どもは見ているようで見えていないということも非常に多いので、こんなお仕事もあるよ!と具体的に提案し、誘ってもみたが、やはり手を出したがらない。これは面白い!と思って観察を続けると、この子はこんなことを言っていた。「うーん、やっぱりやめた。」「こんなん、こぼすで。」「難しそう。」「いや、やっぱりやめた。できんと思う。」おやつの時間に、自分より小さな子どもが自分でお茶をそそいでいると、「こぼすで、こぼすでー!!!」とも言っている。

 

なるほど!!この子は、アートやお水のあけ写しといったお仕事に興味を示す回数は増え、棚に近づく回数は増えているけれど、その度に、お水はきっとこぼすだろう、絵は上手にかけないだろうといった独り言を言っては手を引っ込めているのだ。「学習性無力感」と「学習性無能感」がほんのちょっとずつ顔を出しているような感じだろうか。

 

では、この子が何を選択しているかといえば、最初の写真にあるような運筆のお仕事、算数のお仕事は大好きで、その棚にあるものは一通り全部やり切っては、「面白い、面白い、もっとやりたくなってきたー!!」と大喜びで夢中になってやっている。「難易度」というのも、あくまでも個人別だとつくづく思うけれど(笑)、この子にとっては、算数の棚にあるお仕事をかたっぱしから全てやり遂げることは易しいけれど、1つのグラスから別のグラスにお水をあけ移すという、本来は一番年少の子どもが夢中になるようなお仕事への心理的ハードルがとても高いのだ。型が決まっているものは易しく感じるけれど、自由度の高いものは苦手だということも分かってきた。

 

そこでひらめき、ある教室日に右端の写真にある、生き物パズルを使ったアートのお仕事を置いてみた。この子は、Metal Insetと呼ばれる、鉛筆を持って書くことに慣れ、手や指先の動きをしなやかにするお仕事は大好きでいくらでもやっているので、似た形状のパズルで蝶の形をかたどり、中は自由自在に絵を描くというものなら、自由度も高すぎず、楽しめるのではないかと思ったのだ。

 

誘ってみたところ、最初は躊躇したけれど、「上手に描けんでもいいん?!お手本の通りでなくってもいいん?」と確認してから、やっと手を出した。別に皆が皆アートが大好きになる必要なんてないけれど、本当は好きなのに、上手にできないかもしれないから、失敗するかもしれないから手を出さないなんて、人生、もったいなさすぎる。でも、この子はまだお水を扱うお仕事には手を出さないから、蓋のしまりがちょっと緩んだという状態。

それでも、このきつく閉まっていた蓋がゆるんだり、蓋が外れる瞬間を見ることができるというのは、いつだって、今の瞬間に死んだっていいぞ!!と思えるくらい幸せなもので、今の私にこれができるのも、これまで信じられないくらい素晴らしい先生方が、子どもの様々な可能性を閉じ込めている蓋を外す瞬間を、惜しげもなく、山ほど見せてきて下さったからだと改めて思う。

 

そして、この蓋を外すという私にとっての最高に幸せな瞬間が、子ども達の幸せにも直結していると感じることができて、かつ、どういう蓋があるものかということも勉強になり、すべてにおいて前野先生ご夫妻のお話は幸せなお話であり、幸せな時間となったのでした。本当にありがとうございました!!

 

 

 

 

 

 

 

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